〔第五〕人及び物の隠し方トリック(141例)

(A) 死体の隠し方(83例)

(1) 一時的に隠す(19例) 奇抜な隠し場所、クロフツの樽、マーシュの羊毛梱、棺に二個の死体(ドイル短篇)。雪だるまの中(ニコラス・ブレイク長篇、セクストン・ブレイク物語)。蝋人形館の人形に見せかける(カー長篇)。軍隊の射的人形の中にまぜる(ディクスン長篇)。私は生人形、菊人形などを屢々使った(一例「吸血鬼」)。大きな塵芥箱の中(チェスタートン短篇、私の「一寸法師」)。一つの死体を隠すために戦死者の山(チェスタートン)。郵便物の大袋(チェスタートン)。冷蔵庫(大下宇陀児「紅座の庖厨」)。洋服掛けの外套の中(チェスタートン)。椅子カバーの下(ディクスン長篇)。コントラバスの箱(横溝正史「蝶々殺人事件」)。ピクニック用の大型バスケット(カー短篇)。トランク(クリスティー短篇、江戸川「湖畔亭」)。

(2) 永久に隠す(30例)

【イ】土中に埋める。発掘ずみの古墳に(ベイリー短篇)。古井戸を埋めると称して(江戸川「双生児」)。【ロ】水中に葬る(ポー短篇)。【ハ】死体に風船をつけて空中に葬る(水谷準「オ・ソレ・ミオ」、島田一男短編)。【ニ】焼却。ランドルーは死体を暖炉で焼いた。探偵小説にもよく使われる。顔だけを焼けば後述の「顔のない死体」トリックになる。作例、ドイル、フリーマンの短篇、フレッチャー、クロフツの長篇、江戸川「湖畔亭」【ホ】溶解。西洋の犯罪史には大きな劇薬タンクを作って、殺した人間を次々と溶解した例がある。探偵小説では西洋の作例を今思い出せないが、谷崎潤一郎の「白昼鬼語」は人間溶解を主題としている。【ヘ】塗りこめ。ポーの「アモンチリャドー」、バルザックの「高櫓館」のほかカーの長篇、チェスタートンの短篇、私の「パノラマ島」などがある。【ト】死体を他のものに変える。ミイラにする(フリーマン長篇、ドイル、ウェード短篇)。死蠟にする(江戸川「白昼夢」)。石膏像にする(チェスタートン)。死体に鍍金して銅人とする(ディクスン長篇、セイヤーズ短篇)。細断してソーセージにする(ドイツ実話、楠田匡介の短篇)。セメントの炉に投入して細粉にする(葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」)。細断しパルプに混ぜて紙にする(楠田匡介「人(ママ)詩集」)。ドライアイスにして硬化せしめ粉々にくだく(北洋の短篇)。【チ】動物の餌食にする。大蛇などの爬虫類に食わせる(海野十三の短篇)。鳥に食わせる(ウイリアムズ短篇)。動物ではなくて犯人である人間が喰べてしまう(ダンセニイ短篇)。

(3) 死体移動による欺瞞(20例) 文字通り隠すわけではないが、死体を移動せしめることが犯行隠蔽のトリックとなるもの。

【イ】短距離移動。致命傷を受けた被害者が自から歩いて位置を変える(ヴァン・ダイン、カー長篇)。死体投擲(ディクスン長篇、大坪砂男「天狗」、作者と題名を忘れたが日本の新人作品に雪掻き機関車が死体を遠くへはね飛ばす話があった)。その他面白い例が多いが、二三行では説明出来ないので作者名だけをあげる。チェスタートン短、アリンガム短、ディクスン長二例、スカーレット長。(9例)

【ロ】長距離移動。死体を貨物列車の屋根にのせて遠くの地点に運ぶ(ドイル短、江戸川「」、横溝「探偵小説」、フリンの長篇には同じ発想を二階つきバスに応用したものがある)。潮流によって移動せしめる(合作「フローティング・アドミラル」、蒼井雄「黒潮殺人事件」、島田「社会部記者」)。その他短文で説明できないものにカー、ディクスン各長、チェスタートン短二例。(11例)

(4) 顔のない死体(14例) 顔を傷つけ又は焼く(ドイル、ディクスン、チャンドラー、ロード、クリスティー、クイーン各長、チェスタートン、ブラマ各短)、首を切断して隠し又は他の首と入れ替える(ヘロドトス「歴史」の中の挿話、クイーン、ライス、ロースン各長、チェスタートン短)、胴体の方を隠す(高木彬光「刺青殺人事件」)、このトリックについては別項「顔のない死体」に詳説した。

(B) 生きた人間の隠れ方(12例)

 病院入院患者として(ドイル短、江戸川「」)。他の軽罪により入獄して牢屋に隠れる(クリスティー短)。死体と同居して棺の中に(ドイル短)。大太鼓の中に忍ぶ(棠陰比事)。脱獄囚が仮装舞踏会にまぎれこみ、囚人に仮装していると見せかける(チェスタートン)。咄嗟の場合畑の中の案山子に化ける(チェスタートン)。郵便配達、車掌などに化けて、目の前にいる(チェスタートン短、クイーン長)。色の違った海水着を二重に着ていて、咄嗟に一枚を脱ぐ(大下宇陀児「蛭川博士」)。人形や石膏像に化ける(私の通俗物に例多し。ジゴマにも例があった)。

(C) 物の隠し方(35例)

(1) 宝石(11例) 自分の傷口に押し込む(ビーストン短)。鵞鳥や駱駝に呑ませる(ドイル短、ウエルズ短)。自分が呑む(私の採集中には作例なし)。石鹸の中に(クリスティー短)。石膏像の中に(ドイル短)。骨董品の壺の中に(モリスン長)。化粧クリームの中に(私の「一寸法師」)。植木鉢の土の中に(クロフツ短)。首飾りをクリスマス・ツリーの金ピカの中に引っかけておく(セイヤーズ短)。碁盤の脚の中に(甲賀三郎「水晶の角玉」)。パイプの中(ビーストン短)。

(2) 金貨、金塊又は紙幣(5例) 金塊を一箱のネジ釘に作りメッキの釘と見せかけて密輸入(フリーマン短)。金貨を鋳つぶし、紙のように伸ばして家中の壁紙の下に貼る(バー短)。王水に溶かして見えなくして保存(小酒井不木の少年探偵小説)。紙幣を細く巻いてローソクの芯にする(例思い出さず)。ラジエーターの中に隠す(ディクスン短)。金塊を金山に(ルブラン長)。

(3) 書類(10例) 何気なく人目にさらしておいて隠す(ポー「盗まれた手紙」)。聖書などの本の表紙の中に(ポースト、サミュエル・H・アダムス短)。帽子の鬢皮の間に(クイーン、ルブラン長)。義眼の中に(ルブラン)。その他、クリスティー、ドイル二篇、アリンガムなど。

(4) 其他(9例) 船や自動車を急に塗り変えて(クロフツ長)。馬の全身に塗料を塗って毛色を変える(ドイル短)。海中に木の枝を投げて犬に拾わせる練習と見せかけて、仕込杖を投げる(チェスタートン短)。死体の匂を消す為にドアにペンキを塗る(ドイル短)。牧師のカラーを隠すために、あらゆるものをさかさまにする(クイーン長)。ピストルに紙テープを結び、その端を羊小屋の羊にくわえさせると、羊が紙を喰うに従ってテープがたぐりよせられ、それにつけたピストルが藁の中に隠れてしまう(楠田匡介短)。その他ディクスン短篇二、ゴール短篇など。

(D) 死体及び物の替玉(11例)

 にせシグナル燈を造り、汽車を転覆(ブラマ短)。櫓を焼いて燈台の火と誤らせ船を暗礁に導く(チェスタートン短)。赤いポストのにせものを町角に置き錯覚を起こさせる(葛山二郎「赤いペンキを買った女」)。その他にせ死体(クリスティー長)、にせ手首(チェスタートン短)、にせ人骨(チェスタートン中、S・B・トムスン短)、にせ名画(フーラー長)、にせ写真(高木「刺青殺人」、江戸川「一寸法師」)、にせ映画(江戸川「猟奇の果」)など。

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