Q1.1.1 劇場用アニメーション『時をかける少女』とは。
A 2006年7月に劇場公開された長編アニメーションで、略称は『(細田版/アニメ版)時かけ』。監督は「ポスト宮崎駿」[ハンドブック p.37(企画書)]とも目される細田守。これまで何度も映像化されてきた筒井康隆の1966年(連載完結時点)の小説『時をかける少女』を原作としており、それら過去の映像化作品の中では大林宣彦監督、原田知世主演の映画[大林版](1983年公開)が特に有名である。本作は、それらにあまりとらわれず、設定やストーリーを大幅にリフレッシュした「新しい現代の主人公の話」[ノートブック p.94(奥寺談話部分)][談話ノート 00:06:27]として制作された。そのために、ヒロインがこれまでの「芳山和子」から名前も性格も異なる「紺野真琴」に変更されているのが最大の特徴である。また、『時をかける少女』というタイトルの性質も考慮に入れ、普通の観客が見てもアニメ臭さを感じさせないような「映画」としての作りが取られたのも特色の一つとなっている[ハンドブック p.53][ハンドブック p.37(企画書)][談話ノート 00:18:06]。
興行的には、当初単館規模での公開を余儀なくされたが[談話ノート 01:03:00]、作品の出来の良さがインターネット、マスコミ等で評判となり、公開数週経過時点では一部で立ち見が出るほどの盛況。その後少ないフィルムを順に使い回す形で全国で公開され、結果的に9ヶ月のロングラン、観客動員20万人のヒット作となった[WP時かけ]。公開後、シッチェス・カタロニア国際映画祭アニメーション部門最優秀長編作品賞を受賞したのを皮切りに、日本アカデミー賞初の最優秀アニメーション作品賞、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞、アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門特別賞など、2006年度の各種アニメーション作品賞をほぼ総なめにした。
なお、同時期に宮崎駿の息子宮崎吾朗の初監督アニメーション作品『ゲド戦記』が大々的に公開されており、なにかと比較の対象とされた。本作のキャッチコピーの一つ「この夏一番愛されて」[Q1.5.7]は、これを意識したものと見られる。細田は以前スタジオジブリの『ハウルの動く城』の監督に一旦は決まりながらその後降板させられ、宮崎駿がその後を引き継いだ経緯があり、その意味では因縁の対決でもあったと言えなくもない。対決の結果は、興行的には『ゲド戦記』の圧勝(興行収入76.5億円[WPゲド]、『時かけ』は単館規模の公開のため2.6億円[WP時かけ])、内容面では『時をかける少女』の圧勝(受賞数約20[WP時かけ]。『ゲド戦記』は「文春きいちご賞」(「日本版ゴールデンラズベリー賞と言われるその年の最低映画に贈られる賞」[WPゲド]。ただ週刊文春の記事として発表されるだけで授賞式などはない)などの不名誉な受賞がいくつかあったほか目立った受賞歴がなく、唯一日本アカデミー賞のアニメーション部門にはノミネートされたものの『時かけ』に敗れている。なお、[鈴木ITM])。[Q2.S110.5]も参照。
Q1.1.2 本作品は[原作]の続編なのか。
A 本作は、[原作]を初めとする既存の『時かけ』の主人公と同姓同名の「芳山和子」が、30代後半の「魔女おばさん」として、新ヒロイン紺野真琴の叔母[Q1.2.5]の立場で登場することから、[原作]の続編のようにいわれることもある。しかし、(1)プロットが既存の『時かけ』を基本として作られていること (2)[Q2.S100.1]で説明するように、いくつか和子の設定に辻褄があわない点があること などから、正確に言えば、[原作]を含む既存の『時かけ』の続編だとか、その数十年後の世界が舞台だとかとは言い難い。ただ敢えて大雑把に言うならば、[原作]よりはむしろ[大林版]の後の世界に近い。
なおこの和子の設定は、[大林版]の世代にはかなりアピールしたようである[ハンドブック p.75]。
以上につき[Q1.2.4]も参照。
Q1.1.3 本作品の[原作]や[大林版]との主な相違点は。
A 『時をかける少女』を名乗る物語らしく、本作も、ヒロインが十代であること、ヒロインがタイムリープ能力を得ること、ヒロインと級友である2人の男子を中心に物語が展開すること、その男子のうちの一人は未来人であり、彼とヒロインが最後に別れることなどの物語の基本構造は[原作]を踏襲している。しかし、タイムリープが主題でなく前提であるという本質的な転換がなされていることと、舞台が現代となり設定が一新されていることから、実際には物語はほとんどオリジナルといっていいほどで、相違点は主な点だけでも多岐にわたる。
主に設定面での違いをいくつか挙げると次のようになる。
[原作] | [大林版] | 本作品 | |
---|---|---|---|
舞台の年 | 1965? | 1983 | 2005又は2006 |
舞台の季節 | 冬 | 春 (4月) | 夏 (7月) |
舞台の場所 | 不明 | 尾道 | 東京 (倉野瀬) |
ヒロイン | |||
未来人の 現代での名前 |
|||
ヒロインの もう一人の親友 |
|||
学年 | 中3 | 高2 | 高2 |
ヒロインの性格 | 母性的 | 母性的 | 子供っぽく中性的 [ノートブック p.95] |
ヒロインのしている スポーツ |
バスケット | 弓道 | 野球のまねごと |
タイムリープ能力を 得た原因 |
理科実験室にあった ラベンダーの香る薬品 |
理科実験室にあった ラベンダーの香る薬品 |
理科実験室にあった クルミ型の装置 |
初めての タイムリープの原因 |
居眠り運転のトラックに 轢かれそうになる |
火事の夜 何者かに襲われる |
自転車のブレーキ故障で 電車にはねられかける |
自らの意志で タイムリープ… |
できる(物語後半) | 基本的にできない | できる(物語序盤から) |
タイムリープに対する ヒロインの態度 |
消極的 | 消極的 | 積極的 |
タイムリープに関する 相談相手 |
福島先生 深町と吾朗にも |
深町 | 和子 |
タイムリープの制限 | 能力は数日で消える | 不明 | 使える回数が 決まっている |
タイムリープで救われる 吾朗(功介)の災難 |
居眠り運転のトラックに 轢かれる |
瓦が落ちてくる | 自転車のブレーキ故障で 電車にはねられる |
吾朗(功介)の ヒロインに対する態度 |
単なる級友 | 微妙な想いを抱く | 父性的 |
深町(千昭)が 現代に来た理由 |
タイムリープ薬の 実験のミス |
ラベンダーの採取 | ある絵を見るため |
ヒロインの深町に 関する記憶は… |
失われる | 失われる | 失われない |
ヒロインと深町 (千昭)は未来で… |
再会する? | 再会する | 再会しない? |
設定が大きく変わったこと、特に男子二人の名前が変わったことと千昭がどちらかといえば不真面目な性格にされたことで、既存の『時かけ』の観客にとっても、Cパートの終盤まで誰が「深町」なのか判りにくく、興味を持続させられるつくりになっている[mary-sue]。
なお、細田は、[原作]を重視し、[大林版]はあまり意識していないといったコメントをする(又は[大林版]には言及しない)傾向があるようだが(例えば[文化庁レポ])、客観的には、[大林版]の影響を少なからず受けていると見られる(なお[氷川パンフ])。上述のように、和子の設定が[大林版]を引き継いでいるようであること[Q1.1.2]、真琴が高2であることなどはその一例である。その他、本記事では回答者が気づいた範囲で相似点を指摘した。
Q1.1.4 「Aパート」とか「Cパート」とかといった用語の意味は。
A 制作作業の都合上、本編は4つの部分に分割されており、それぞれの部分は初めの方から順に
と呼ばれている[絵コンテ][DVD限定版 DISC3]。それぞれは上映時間にして25分程度に相当する長さになっている。
細田は、初めシナリオを3幕構成で考えていたが、絵コンテを作っていたら第一幕だけで[S39]まで行ってしまい、結局Aパートは[S25]までとしたのだそうである[絵コンテ p.463]。第二幕と第三幕の区切りについての情報はないが、参考までに、回答者の解釈に従って起承転結及びハリウッド映画流の[Syd]の3部構成で分割した場合の、それぞれの部分と、シーン番号やこれらのパート分けとの対応を下図に示した。