- 板根禎子はある広告代理店の金沢支社に勤める鵜原憲一と見合い結婚する。憲一は東京の本社への転勤が決まっていたため、二人は新居を東京に定めた。新婚旅行から帰った後、憲一は最後の引き継ぎのために金沢支社に出張し、禎子は東京の新居でそれを見送るが、その後憲一は、帰京予定日の前日に金沢支社の後任者となる本多良雄に目撃されたのを最後に、行方が知れなくなる。禎子は会社からその知らせを受けて金沢へ発ち、本多と共に周辺を捜索するが見つからない。そうこうするうち、憲一の兄宗太郎も金沢へやってきて憲一を探す。宗太郎は禎子と別行動で探していたが、何か心当たりがあるように禎子には思えた。禎子は宗太郎を残して東京に戻り、憲一が昔勤めていたという立川警察署に行く。そこでかつての上司から、憲一が立川基地前にたむろする米兵相手の売春婦の取締りを担当していたことを知る。そうこうするうち、宗太郎が金沢で毒殺されたという知らせが入り、禎子は金沢へ舞い戻る。現地の警察の話では、毒入りウイスキーを飲まされたのが死因で、宗太郎にそれを渡したのは売春婦のような派手な身なりの女だったらしいという。
果たして宗太郎は誰に、どうして殺されたのか? そして憲一は新婚早々どこへ行ってしまったのか?
- 度々映画化もされた松本清張の代表作の一つ。松本清張はあまり読んだことがなかったので、試みに読んでみた次第だが、思ったより出来が悪いというのが正直な印象。語り手たる禎子の行動の動機があまり説得的でなく、作者の都合で動かされている感があるうえ、つまるところ話を聞いて回る以上のことをしておらず、一方で本質的な意味での主人公たる憲一も行方不明で物語の表に出てこないので、一言で言ってドラマ性が低い。物語やドラマはつまるところ語り手が主人公のしたことをほめるかけなすかが目的なのだが、この話はどちらにもなってない。
- また話の中で出てくる謎が弱い、つまり謎の不可能性が低い。謎というのは、複数の事実の帰結がぶつかってありえなくなるような形式をもっている必要があるが、この作品ではあまりそういう風になっていない。例えば憲一が新婚早々どこへ行ってしまったのかという謎は、新婚早々夫が妻をほったらかすはずがないということと、しかし実際憲一は新婚早々妻をほったらかしたという事実とがぶつかっているがゆえに生じる謎ではあるが、厳密にいえば、新婚早々相手に愛想をつかすカップルもいないことはないし、憲一が(推理小説のパターン通りに)誰かに殺されていると仮定すればほったらかしているわけではなくなるわけで、いずれもそれなりにありうることになり、ぶつかりがなくなってしまう。ぶつかりがなくなるような解釈を容易に思いつけるようなものは、謎として弱く、読者を引き付ける力が弱いのである。推理小説なのだから、密室殺人のような、どうにも解けそうにない強い謎があるべきだろう。
- これら二つと関連することだが、推理小説で定番の、登場人物たちが謎への答えに対する(性格に基づいた)仮説に基づいて行動するという構造が欠けている。例えば、禎子は女性としての魅力に自信がないので、新婚早々憲一は愛想を尽かしてどこかの女性の家にでも転がり込んだのではないかと疑って、憲一の立ちまわりそうな売春宿を探し回るとか、そういう風になっていれば行動にも説得力が出たはずだが、実際の作品ではそうなってなくて、なんだか漫然と作者の都合であちこち立ちまわって話を聞くばかりになっている。
- 松本清張は社会派ミステリーということだったが、話の真相にだけ社会性があって、表の筋、つまり禎子の行動にはほとんど社会性が出てこない。社会性が感じられるのは真相が明かされた後の結末周辺のわずかな部分だけである。