- 相変わらず、店についてはよくこんなとこみつけたなと思うし、B級の料理も旨そうである。
- 演出は、前回と比べるとやや持ち直した感あり。ただやっぱりピントが甘い場合がある。もうこれはたぶん演出っていうより単純に合わせそこなってるんだな。
- ここまで4話ほど見てきたが、やっぱりこのシリーズは、半分は松重豊の演技力で持っているようなものだと確信。
- 脚本について。この作品はデッドパンな喜劇としての側面を持っていて、特にこのTVシリーズでは、原作と比べてその側面を強調する方針のように見えるのだが、残念ながらどうも滑稽味が上手く出ていないようである。今回の話でも、釣り堀の男性をピエロ役にしようとしているようなのだが、あまり笑えなかった。
- 滑稽味が何に由来するかというのは作劇理論における一大問題だが、少なくとも、笑われるべき人が、単に何か面目を失ったりひどい目にあったりといった損害を被ればいいというだけのことでないというのは確かである。おそらく、そういう結果も必要なのだが、そのほかに、それが本人の見込み違いの決断に基づく行為から生じたという因果関係も必要なのではないだろうか。そしてまた、それだけでなく、その決断が、一つの選択肢としてあり得なくはないものの、しかし観客ならば実際にはそのような選択肢は選ばないと思えるようなものである必要もあるものと思われる。一般に喜劇を書くのが難しいのは、おそらくこの「あり得なくはないが自分ならしない」という条件が非常に狭く厳しいためだろう。そしておそらく、自分ならしないのにあり得なくはないと思う場合というのは、「そういう人っているよね」と思えるような場合である。原作はこのあたりが上手かったのである。
- なお、失敗をもたらすような行為が、自分だったとしてもそうしたと思えるように描写されたならそれはシリアスドラマである。自分だったとしたらそうはしなかっただろうし、そもそもそんな選択をする人がいるとは思えないということなら、それはもはやドラマではない。また、そのような行為からそのような失敗が生じるとは思えないときもやはりそれはドラマの体をなしていない。今回の話は2番目のケースに近いが、そもそもなんのつもりで釣り堀の男性がああいうことを言っていたのか自体がわかりづらかった。
- また細かいことだが、冒頭のフラッシュバックは、それが前日のことであるということが少しわかりづらかった。今回のケースでは、フラッシュバックの冒頭に
五郎の声「俺は昨日、1週間前に注文をもらっていたあるクライアントに呼び出された」
などと一言説明を入れておくとわかりやすくなったはずである。
- ところで、このTVシリーズとは関係ないのだが、NHK BS1(本来は、NHK WORLD)にて放送中のTOKYO EYEで、赤羽と十条が今週のテーマとなり、あのまるます家が取り上げられていた。残念ながら最近Webの方には過去分の動画をアップロードしてくれなくなったようなのだが、再放送もあるようなので興味のある方は是非。外国人向けの英語放送だが、英語は比較的易しいので、英語を勉強中の日本人にもおすすめの番組である。でも、一応東京出身のはずの司会のクリス・ペプラーの英語が一番聞き取りにくいのはどうしたわけだろう。