黒澤明デジタルアーカイブにて鑑賞。
- 『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』の菊島隆三脚本。クレジットとしては黒澤明と小国英雄も脚本ということになっているらしいが、実質は菊島単独脚本に近いのではないか? いずれにせよ、黒澤明監督作として企画されながら日の目を見ず、後にアメリカ版『暴走機関車』や『新幹線大爆破』『スピード』の原案として使われることとなった幻の作品の台本。なお、後日実際にアメリカでこの話に似た事故が起こり、それは『アンストッパブル』として映画化されたが、本作品と直接の関係はないということになっている。
- 初っ端から観客をぐいぐいひきつける全盛期の菊島節が冴えている。娯楽性満載で、黒澤が撮ったら人気作の一つになっていたことだろう。
- ただ、菊島脚本には欠点も多い。第一に、『天国と地獄』もそうだったのだが、前半と後半で主人公が別々になっている。この話だと、前半のうちは、主人公が司令員をはじめとする鉄道員たちで、彼らがいかにして列車との衝突を防ぐかという話になっているのだが、後半に入ると彼らの存在感がやや薄くなり、列車に乗り込んだ三人がいかにして機関車を止めるかという話になっている。また、鉄道員たちにせよ三人にせよ、報われぬ犠牲を覚悟した倫理的行為(不完全義務の履行)に欠けるため、主人公として語られるに足る立派さを備えているとはあまりいい難い。
- 第二に、列車が暴走を始めた原因が十分に追及されずに終わるため、説得力不足だし、物語の教訓に欠ける。単にスロットルが入ったままだとATSが効かないというのでは、ATSの意味がないように思われる(前述の現実の事件ではATSがなかったそうだが、本作ではATSがあるような描写になっている)し、なぜスロットルが入ったままになったのか追及されないままであった。
- この2つの欠点のせいで、結末も締まりのないものになったと思う。およそドラマはすべからく話の教訓を確認し、また英雄的行為を讃えることで終わるべきだが、この話にはそのどちらもないから結末で語られるべきこともないのである。