『バルカン超特急』(1938)

 WOWOWメンバーズオンデマンドにて鑑賞。

  •  結婚を控え、ヨーロッパのとある小国へ友人たちとともに独身時代最後の旅行に出かけていた主人公アイリス。日程を終え、駅で友人と別れてフィアンセの待つロンドンへと旅立つ特急列車に乗り込もうとした彼女は、老女フロイがカバンが見当たらないとホームを探し回っているのに気付く。アイリスはフロイを手伝って一緒に探してやるが、その際駅舎の上のほうにある窓から落ちてきた植木鉢で頭を打つ。フラフラになりながらもフロイに助けられつつかろうじて列車に乗り込んだアイリスは、その直後気を失ってしまうが、やがて気が付いたときには6人がけの車室にいた。目の前の席にはフロイ、その他の席には知らない乗客が都合4人。フロイがここまで連れてきて介抱してくれたようだ。アイリスとフロイは通路を通って食堂車へ行き、ともに紅茶を飲む。フロイはかの国で家庭教師をしていた英国人で、イギリスに帰国するところだという。たまたまその食堂車に居合わせた英国人男性二人とちょっとしたやり取りなどがあったあと、二人は座席に戻る。アイリスはやがてうとうととするが、目を覚ましてみるとフロイはいなくなっていた。アイリスが他の乗客たちにフロイはどこに行ったのか聞いてみると、皆フロイなる人物は元々いなかった、目の前は空席だったとおかしなことを言う。食堂車に戻り、給仕に聞いてみても、アイリスはさっき食堂車に一人で来た、フロイなる人物は知らないという。伝票にも紅茶1杯の注文しか書かれていない。アイリスは列車中を探し回り、フロイは見つからなかったものの、出発前の宿でたまたま知り合っていた英国人ギルバート(前に食堂車で会った二人とは別)と再会する。ギルバートは一緒にフロイを探してくれるようだ。元の車両に戻って、別の車室の乗客や、さっき食堂車にいた二人の英国人にもフロイのことを聞くが、覚えていないという。同じ車両に乗り合わせていた脳外科医ハーツはその経緯を聞いて、頭を打つと記憶が混乱することがあると話す。
     果たして、本当にフロイは実在せずアイリスの記憶違いに過ぎなかったのか。それとも乗客や給仕たちが示し合わせて嘘をついているのだろうか。もしそうだとしたら一体何のためにそんなことを? そしてフロイの行方は?
  • 英国時代のヒッチコック後期の作品。ミステリーよりサスペンスを好んだと言われるヒッチコックにしては珍しく本格ミステリー風な出だしのプロットなのだが、実は上で説明した序盤のあと、すぐにアイリスの記憶違いではなかったことが観客に開示される。その辺りはやっぱりヒッチコック流である。ただこの作品に限って言えば、アイリスが誰かに狙われているというわけでもなく、情報を早く開示したことがサスペンスにつながっていない。その意味であまり成功していないと思う。やはりヒッチコックの全盛期はアメリカに渡ってからで、英国時代はまだ粗削りである。
  • よくできたドラマでは、「どうやら話が本題に入ったらしい」感じがする時点というのが存在するものだが、この話ではフロイが消えた時点がそれに相当する。本題に入るというのが具体的に何を意味するかの一般的ルールはあまり明らかでないが、大まかに(1)動機(パトスないしメタバシス)の発生で説明する (2)テーマ(葛藤)の提示で説明する の2つの方向性が考えられる。この話を見る限りでは(2)が有望なように思える。

65点/100点満点

 画質はあまりよくないが、著作権切れのためYouTubeでも鑑賞可能。