江戸川乱歩が類別トリック集成で褒めていたこの作品、読んでみたいと思いつつも絶版作品だけになかなか読めずにいたが、Amazonで古本で出ていたのを見つけてようやく入手できたので早速一読した(53年の古い訳の方。江戸川乱歩の解説付き)。
その感想だが、ちょっと期待しすぎたかあまり感心しなかったというのが正直なところである。心理的スリラーというからもっとハラハラするような話かと思っていたが、その面では失敗作である。これはミステリーではよくある類の失敗で、要するに情報を伏せすぎて、主人公に危険が迫っていることや、その危険は事と次第によっては読者の身の上にも起こりうることであるということを、読者に確信させられなくなってしまったのである。
乱歩が評価したのは心理的な探偵小説であるというところだが、これが具体的に何を意味するのか筆者にはよくわからない。ただこの話の結末の一つの特徴は、謎解き役の刑事が主に動機面から推理して犯人を突き止めるのだが、それだけでは証拠がないというので、結局犯人は逮捕も起訴もされずに終わることである。今では別に珍しくもない終わり方だが、当時はそうでもなかったのかもしれない。必ず犯人は逮捕されなければならないという縛りがあるとないとでは、創作の自由度が段違いであろう。乱歩はそこを切り開いたことを評価したのかもしれない。