見るつもりではなかったけれど、近所のシネコンに回って来たのでつい鑑賞。
- ゲーム版『STEINS;GATE』(以下正編という。レビューはこちら)のトゥルーエンド後、すべてが元に戻り牧瀬が救われた歴史(シュタインズゲート世界線)の世界が舞台。……と思うのだけど、牧瀬はじめラボメンたちにある程度記憶があったりするので、たぶん正編後に出た続編ゲームの中身なども織り込み済みなのだと思う。それらはプレイしていない。
- 概して、まあよくあの話からなんとか続編を作ったものだなと思う。そういう意味で努力賞的な出来である。
- あらすじを一言でいうと「岡部倫太郎の消失」。数々の世界線を旅してきたことで異常を来した岡部は、ある日シュタインズゲート世界線から消失してしまう。その後の世界では岡部はもともといなかったことになっており、その世界線上の人々の記憶から岡部の存在は消去されているのであった。だが唯一、わずかに岡部の記憶を残していた牧瀬は、岡部を救うべく禁断のタイムトラベルへと踏み出すのであった。
- 時かけの次はハルヒかい。と思わないではないが、まあいいか。今回は角川も製作に入ってるしね。
- そんなわけで今回の主人公は牧瀬なのだが、彼女は今回明らかに倫理的義務よりも岡部への想いを優先した決断をしている。このため、観客の立場からは、今回の主人公を「立派だ」と評価しにくくなっている(といって非難に値するというわけでもないが)。その意味で、今回の話は悲劇というよりメロドラマ的である。なにぶんギャルゲーという生い立ちゆえ、正編にもメロドラマ的な要素は多分に含まれていたが、主人公岡部はラボメンへの想いだけで行動していたわけではなかった。第三次世界大戦とか、ディストピア的未来を回避するという大義があった。作る側からすれば付け足しの設定のようなものではあったろうが、観客の観点からは、これがあるとないとでは主人公への評価が大違いである。正編の岡部は確かに立派だった。今回の牧瀬は、そういう要素が弱い。
- そう考えると、一頃はやった「セカイ系」に対する批判はどうも失当であるように思われる。伝統的な悲劇を作ろうとすれば公益に関わるなんらかの大義はどうしても必要になるように思われる。まあ、世界全体の存亡をかける必要まであるのかという点は検討されなければならないが……
- 細かいシナリオ技術についていうと、やはり導入部がどうにも水っぽかった(話の密度が薄かった、というかはっきりいうと退屈だった)。話の初めは導入部だから予備知識の導入をしなければならない、という固定観念は危険である。
- それともうひとつ、これは正編からの問題なのだが、岡部が牧瀬とまゆしぃの二股をかけたような状態になっているままなのがどうもひっかかる。ギャルゲーの枠にとどまっているうちは「それは言わないお約束」で済んだが、この後もメディア展開していくつもりなら、どっかで決着をつけないとまずい。というより、正編の経緯からしてどう見てもまゆしぃを選ぶ以外の選択があり得るとは思えず、牧瀬をメインヒロイン扱いするのはまずいのではないか。
45点/100点満点