映画短評」カテゴリーアーカイブ

『ベッジ・パードン』(演劇・三谷幸喜作)

 WOWOWにて鑑賞。映画ではないけどこのカテゴリで。

  • 夏目漱石のイギリス留学時代を題材にした話。三谷幸喜が初めて正面からラブ・ストーリーに取り組んだ作品という触れ込みだが、実際にはラブコメディといったところ。もっとも、結末で分類するなら、何かが犠牲になることで別の何かを得るという終わり方だから、悲劇に近い悲喜劇(という用語の定義ははっきりしないのではあるが……)である。
  • 脚本面では、細かい部分で三谷幸喜らしいベテランの技術を感じさせる出来ではあるが、葛藤が弱いため特に中盤が退屈。コメディ部分は面白いのだが、それだけでは話が持たない。もっとも、アナグノーリシス後の展開はスピーディーだった。
  • また、人物の動機やドラマのテーゼを言葉だけで説明して終わりにしてしまっている傾向あり。劇中のセリフのように大事なことは言葉にして伝える必要があるという考えかも知れないが、ドラマである以上それだけではダメ。
  • ベッジのキャラクターは、演出の面でも脚本の面でもやや魅力が足りなかった。せっかく深津絵里を起用したのにちょっともったいない使い方である。ラブ・ストーリーとしては不満の残る出来。
  • 野村萬斎と浅野和之の演技は期待以上。大泉洋は、コメディシーンでは光るがシリアスシーンでは今一つか。

60点/100点満点

『ディア・ドクター』

 WOWOWにて8月に放送されて録画しといた分を今頃になって鑑賞。ああ、この頃のWOWOWは良かった……

  • ボソボソしゃべっててセリフがよく聞き取れない。
  • 話の前半、説明ゼリフが多すぎる。
  • すでに観客がわかっていることをわざわざなぞるような無意味なシーンがあった。
  • ニセ医者であることを観客に疑問に思わせつつも最後まで隠しておくつもりなのか、それとも早めに明かして伊野がどう事態を切り抜けるのかという話にするつもりなのかの方針がふらついている。もし最後まで隠すつもりなら気胸のシークエンスなどはいかにも中途半端。医者にも難しい手技だというなら伊野がニセ医者であると観客に疑わせるエピソードとして成立しない。
  • ただ、この話は実話をベースにしているわけだから、観客の中にはニセ医者の話だと分かって見ている人がいる可能性が高いと考えるべきで、最初からそのことを明かすやり方の方が良い。でも実際の作品ではそれが判明するのが遅かった。仮にこの方針だったとしても気胸のシークエンスはおかしくて、相馬がそばにいたんだから彼にやらせればいいはず。
  • 結末も結局何が言いたいのかわからない。伊野を告発したいのか、賞賛したいのか。こうなる原因はいろいろあるが、直接には、語り手である相馬の態度が結末においてあいまいなのが最大の原因。ただ根本的には、作者の側で結論を用意できず、曖昧な雰囲気で判断を観客に押し付けて逃げた感じ。
  • そもそもこの話はニセ医者の話なのか、それともガン告知の話なのか、焦点が混乱しているように思われる。

50点/100点満点

『[リミット]』【ネタバレ】

 WOWOWにて鑑賞。

 邦題の『[リミット]』は意味不明だが、原題は『Buried』で、棺に入れられて生き埋めにされた男の話。
 とにかく大変意欲的にして大変低予算な作品である。約1時間30分の全編を通して棺の中のワンシーンのみ(ワンカットではない)。棺に入る前も出た後もない。しかも明かりがない状況だと画面は真っ暗。
 ワンシーンワンカットで有名な(といっても、正確には2シーンある)ヒッチコックの『ロープ』なんかはいかにも演劇的という感じだったが、こちらはカット割りが細かくされているし、棺の中の狭さもよく伝わってきて、そんな風に感じさせない。
 出演者も姿が映るのは1人のみ。彼自身は演技も達者で名も売れているらしいが、それにしても大した予算が必要とは思われず、しかもこれで結構ヒットしたのだから、プロデューサーにとっては夢のような作品だろう。

 ただ、やはりそれだけで長編映画の1時間30分の尺を埋めるのにはやはり多少無理があったようで、これはちょっとあり得ないんじゃないかという展開も散見された。特に意味もなくヘビが出てくるのには思わず苦笑した人が多かっただろう。だいたいズボンの中にいたらすぐ気付くって。あのアイテム袋みたいなものも初めに気付かないとは思えないなあ。
 また、人物の人間関係がよくわからないまま話が進むのも頂けない。あのムービーに出てきた女性はなんだったのか、最後までよくわからなかったし、そのために人事部長の言い分も正しいのか正しくないのかも不明なままだった。いやそもそも、人質に取られた社員のために身代金を払う義務などというものはもともと法的な義務としては存在しないのであって、あわてて解雇する必要があったのか自体が疑わしい。世間的な評判を気にしたということなら、理由はどうあれ誘拐当日に解雇したりすればそれ自体が社会から非難されてしまう。
 しかしこの作品のストーリーの最大の問題点はやはり結末だろう。悲劇的な結末であること自体は問題でない、というより、この話はアメリカがイラクでしたことを非難しようとするものなのだから、結末がハッピーエンドだったらむしろまずい。しかし、物語が棺桶の中で生き埋めにされたという状況から始まった以上、単にやっぱり生き埋めにされるしかありませんでしたというのでは期待外れである。それではこの話の冒頭10分だけ見て残りを見なくても同じことになってしまい、何のために1時間20分を費やしたのかわからなくなる。やはり、棺桶からは出られたけれども、家族が惨殺されてしまったとかというようにすべきである。
 言い換えれば、物語においては、その中にその後の出来事と因果関係を持たないような事実が存在してはならないのである。犯人との電話交渉にしろ、会社や妻との連絡にしろ、FBIだかCIAだかの救出作戦にしろ、それらがあってもなくても生き埋めになるという結果は起こったのだから、それらは結果と因果関係を持たないことになる。したがって、生き埋めになるという結果を維持したいならば、それらはすべて物語から除去しなければならなかったはずのものである。
 また、さらにいうならば、語り手として観客に過去の経験を報告している人物であるはずの主人公が死ぬというのは、厳密に言えば矛盾してもいる。どうしても死者の体験を報告させたいならば、本人から生前に話を聞いた人物を別途用意して、その人を語り手とするのがよい。

 それらの点を考慮してストーリーは1点減点。それでも、棺桶の中だけで1時間30分持たせた腕は大したものではある。

75点/100点満点

『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』(吹き替え版)

 WOWOWにて鑑賞。

  • この作品のテーゼは単純明快、「CIAは悪い奴だ」。イラク絡みで(現実の)CIAの秘密収容所で拷問がされたりしてたあたりから来たイメージだろう。
  • 悪役の側の動機に説得力がなく、ほとんどすべてが悪い性格のせいにされるところはいかにも典型的な娯楽ヒーローものだが、娯楽作らしく葛藤がきっちり作れてるので、なんかアホらしいと思いつつも楽しめる。
  • アバンタイトル(最初のエピソード)で、各キャラクターの性格をざっと描写していたのは、TVシリーズを見たことがない人にも楽しめるようにしようという配慮からだろうし、それは必要なことでもあろうけれども、ちょっと駆け足過ぎて中途半端だった感もある。
  • 俳優がTV版と変わってるのは役者の年齢的に仕方ないとしても(主役なんかもう亡くなってるし)、吹き替えの声優はそのままにして欲しかったなあ。でも羽佐間さんももう77歳なんだね。
  • バラカス軍曹が非暴力主義になる下りはあんまり意味がなかった。そういうことにするなら最後まで非暴力で物事を解決するのでないと。都合よく主義を放棄したのでは性格の一貫則に反するし、カセにならない。

70点/100点満点

『キック・アス』【ネタバレ】

 WOWOWにて鑑賞。

  • この話はどう見てもシナリオの構成がおかしい。大手映画会社に持ち込んだら修正を要求された(のでそれを拒否して自主製作した)とのことだが、大手映画会社の判断の方が正しそうである。
    • この話は誰が主人公なのか、つまり誰の最終的な決断の理由を説明したものなのか明らかでない。キックアスのそれでないことは明らかである。彼が最後にしたことは、指示された通りにヒット・ガールを助けたというだけのことなのだから。そこで物語構造上は、どちらかといえばヒット・ガールが主人公に近いと考えられるが、その割にビッグ・ダディとヒットガールの動機の描写が薄すぎる。要するに、キックアスが語り手になっている意味がない。そのために視点もふらついている。
    • そのこととおそらく関連しているが、ところどころで人物の動機についての前振りが不十分なところが見られた。
    • キックアスがマフィアとは関係ないとあっさりと判明してしまうが、それなら何のためにキックアスが誤解されるという要素を入れたのかわからない。一般論として、後に続く人物の決断と因果関係を持たない要素を物語に入れてはいけない。たとえそのようなことが物語世界中で起こっていたとしても、そこは省略しなければならない。
    • ヒットガールたちが必ずしも必要でない殺人を犯しているのに、最後までそれを償わずに幸福になっているため、そのような殺人を推奨・賞賛する意味が発生してしまい、倫理的な問題がある。
    • コメディがやりたいのかシリアスなヒーローものがやりたいのか焦点が定まってない。
    • シリアスがやりたかったと解釈した場合、本当に言いたいことは最初の30分ですべて言い切ってしまって、残りの1時間30分は埋め草に別の話を付けたしたという感が否めない。本来は、この最初の30分はラスト30分に回して、なぜキックアスが誕生したかを説明する物語とすべきであったように思われる。
  • 『Mr.インクレディブル』の強い影響を感じる(少年の側から描写した『Mr.インクレディブル』と言ってもそれほど違和感がない)が、『キック・アス』の原作コミックとどちらの公表が先だったのか興味がある。

55点/100点満点

『ミスト』【ネタバレ】(続)

 この作品の言わんとするところは何か、再考。

  1. 主人公たちが預言者の女に半ばスーパーを追い出されるような形になったことが、ラストシーンの悲劇に繋がったと考えるならば、この作品はパニック状態における流言飛語の恐ろしさを描きそのような言説に惑わされないことを求めるものと解することになる。この立場には、他の立場と比較して、物語中盤で話の中心になる弁護士が何のために出てきたのかを説明しやすい利点がある。彼も間違った言説で人々を惑わしたからである。一方で、この立場が成り立つためには、預言者のせいで結末において4人が死んだと言える必要があるが、そのためにはスーパーを追い出されなければ4人が死ななかった(≒スーパーに残された人たちは助かった)と言える必要があるところ、実際の本編の内容からはそれが明らかでないという問題がある。
  2. 一連の災厄がそもそも軍の秘密実験によって生じたものであることや、預言者の女の予言がほとんど当たっていること、特にラストシーンの悲劇を見事に言い当てている(子どもを犠牲にすることで救いが訪れている)ことを重視するならば、この作品は、彼女が言うように、科学技術の神をも恐れぬ傲慢さを警告し、いけにえを捧げることで罪を悔い改め旧約聖書の教えに従って謙虚に生きることを求めるものと考えることになる。あまりに現代的合理主義の考えから外れすぎるという点をさておくとしても、この立場には次のような大きな問題がある。この作品がフィクションである以上、軍の実験で怪物たちが現れたり、預言者の予言が当たったりというだけでは、作者がそのように作ったからそうなったという以上の意味を持たない。したがってそれだけでは、観客としては、それらは単なる作り事であって、もし自分たちが似たような状況に立たされたとしたら、よほどの偶然がないかぎりこの作品と同じ展開を辿るものとは考えにくく、したがって自分たちの人生においては作品の求めるような行動をとる必要はないと考えることになる。だからこの立場からは、この作品は観客を説得できなかった失敗作と評価せざるを得ないことになってしまうのである。元来、物語は因果関係(どうしてそうなったか)を明らかにすることによって、作中と同様な状況で同様な行動をとったならばなるほど同様の結果が起こるかも知れないと観客に納得させなければならないのであるが、この作品の場合にはその点につきなんの説明もないのである。また、この立場では、最後に軍の科学技術力によって事態が収拾されたことの説明がしにくい。さらに、この立場では、弁護士が何のために出てきたのかについて、『鳥』に出てきたからというメタな視点なくして十分な説明を行うことが困難である。
  3. 主人公たちが最後に望みを捨てて自ら命を絶ったことが悲劇に繋がったと見るならば、この作品は、希望の大切さを描き望みを最後まで持って努力を続けることを求めるものと解することもできるかも知れない。これはスティーブン・キングの諸作品に共通してみられるモチーフであるという点である種の説得力を持つ。とはいうものの、この立場で説明できるのは結局のところ結末だけであり、物語全体の解釈としては不十分のきらいがある。作中では、努力を続けた人々も次々に死んでいくのである。

『ミスト』【ネタバレ】

 WOWOW放送分をDVDに録画しておいたのを久しぶりに再見。

  • 初めて見た時もなかなかいいじゃないと思ったが、改めて見直してみてますます良さが際立ってきた。スティーブン・キング原作の映画なら『ショーシャンクの空に』よりこっちを推すなあ。やっぱりドラマの基本は悲劇ですよ。
  • この作品がヒッチコックの『鳥』をモチーフにしていることはまず間違いないが、シナリオはこっちが上。あのストーリーの崩壊した『鳥』をよくここまで持っていったものだ(『鳥』が好きな人は映画をシナリオでなく場面場面の演出で見ている人)。
  • 一度目を見終わったときには、初めの方で子供たちが家で待っているからと外に出て行った母親は、隣の薬局で蜘蛛の巣にからめ捕られていたと勝手に思い込んでいたが、見直してみたらなあんだ、ラストシーンに登場してるじゃないですか。でも時間的にはまだ救援はたぶん来てなかった頃のはずなんだけど。それならむしろ、時期的には弁護士も助かってないとおかしい。
  • ラストシーンと言えば、そこで出てくる戦車は主人公の車が走ってきた方から姿を現すので、主人公たちは救援から逃げる方向に走ってしまっていたことになる。これも初見では気付かなかったところ。ということは、スーパーに残っていた人々も助かったということなのか。
  • 預言者の女は狂っているようだが、実は彼女の予言はラストシーンで起こったことも含めすべて当たっているとはネットでもすでに指摘されているところ。するとこの作品は、旧約聖書の教義を支持し奨励するものと解釈すべきものか。彼女を撃った彼も結局死んだしね。
  • 福島直後の日本の(主としてネットの)言論の状況が、この作品におけるスーパーの中のそれとそっくりだという指摘があった。そういう目で見ると、預言者の女が(殺される少し前あたりで)核技術を非難していたことが不気味に見えてくる。

90点/100点満点

『告白』【ややネタバレ】

 WOWOWにて鑑賞。

  • メインプロットは古典的悲劇の基本に忠実で、目新しさはあまりないが結末において悲劇的な効果がよく出ている。
  • 中学生は集団になると厭わしいが、一人一人はやはり可愛らしい。
  • 松たか子はあまりうまい女優ではないが、それでも現在の日本の女優の中ではましな方ではある。日本の若手の平均レベルが低すぎるのである。
  • 初めに犯人を明らかにした以上は、それを使ってなにかしら葛藤を作らなければ話が持たない。中盤そこのところがまったくできてなかった。いじめをどう解決するかという話かと思ったらそうでもなかった。それなら犯人を明かすのは後回しにすべきだった。
  • 少年Bに関する部分はこの物語にとってまったく不要、蛇足。ここをカットすると本編が1時間30分を切ってしまうかも知れず、そうなると長編映画としての公開にはやや足りないということになるのかも知れないが、『クローバーフィールド』などは85分で公開にこぎつけているのだし、なんとかならなかったものだろうか。
  • 一見社会派のようだが、物語の本筋の因果関係だけを取り出してみると「母親へのゆがんだ愛情が多数の死を生んだ」という話で、あまり蓋然性も普遍性もありそうでなく、またそれらを感じさせるように語ろうともしていない。観客に何を求めているのかもはっきりしない。物語の語る意義という面から評価するような作品ではないというべきだろう。
  • この話の内容を前提とするならば、少年Aの犯したことは、少年法があろうがなかろうが起こったことである。また森口先生の犯したことは、少年法がなければ起こらなかったかも知れないが、いずれにせよ、結果は必ずしも不幸でなかった。したがって、この話が少年法の不当性とその改正を訴えるものだと解釈することはできない。もし実際のラストシーンのあと、森口先生が処刑されるシーンで物語が終わっていたら、話は違ってくるかもしれないが。
  • (追記)改めて検討すると、この話は「女性のキャリア志向は不幸を生む(ことがある)」と言っていると解釈することが可能なようである。とすると、現代の価値観のもとではなかなか過激な主張ではある。この立場からすると、少年B(の母親)のエピソードは無用なばかりか有害だということになる。

70点/100点満点