映画短評」カテゴリーアーカイブ

『ひぐらしのなく頃に』(同人PCサウンドノベル・2002~2006)

 今回は映画ではないがこのカテゴリで。
 「ひぐらしのなく頃に 全部パック」ダウンロード販売版にてプレイ。

  • プレイ未経験の方は、まず無料の体験版(第一話が丸々収録されている)をプレイされることを強くお推めする。一つだけ助言させて頂くと、出だしは出来の悪い日常系アニメのように感じられるかも知れないが、それは綿流しの祭が終わるまでの話。そこからは話に強く引き付けられるようになるので、それまで辛抱して読み続けるべし。なお、今から有料版を購入されるなら、筆者の購入した全部パックの内容に2014年のコミックマーケットで発表の新作が追加された「ひぐらしのなく頃に 奉」のパッケージで購入された方がいいかも知れない。
  • 舞台は昭和58年6月、中部地方にある過疎の村、雛見沢。そこへ都会から越してきたばかりの中学生、前原圭一が主人公。彼は小学校中学校兼用の村の小さな分校へ通うことになり、クラスメートの竜宮レナ、園崎魅音、北条沙都子、古出梨花らとさっそく仲良くなる。放課後教室で彼女らと室内ゲームで遊んだり、ピクニックに出かけたりして、都会の慌ただしさとは無縁にのんびり楽しく過ごす毎日。
     そんなある日、圭一は偶然、村によく撮影に来ているというフリーカメラマン富竹ジロウに出会う。それをきっかけに、圭一は雛見沢に過去ダムの建設計画が持ち上がったことがあり、雛見沢がダムの底に沈むところだったが、村民が過激な反対運動を展開した末、それを中止に追い込んだこと、またその頃ダム建設の現場責任者が殺され、犯人がまだ捕まっていないこと、反対運動との関連が疑われていることを知る。平和そうな雛見沢に似つかわしくない過去に圭一は不安を感じる。
     6月19日が来て、村の神社、通称「オヤシロさま」で村の夏祭り「綿流し」が行われる。祭りは村人でいっぱいだ。そこへ連れ立って遊びに行く圭一とクラスメートたち。そこで圭一は偶然、富竹と再会する。一緒にいた富竹の恋人で、村の診療所の看護婦でありまた村の郷土史マニアでもある鷹野三四から、圭一は気味の悪い話を聞く。曰く、この村では最近4年間連続して綿流しの晩に村人1人が死に、別の村人1人が失踪する事件が起こっているのだという。1年目の死者は以前知ったダム建設の現場責任者であり、失踪者はその犯人と目されている作業員。その翌年以降の死者と失踪者たちはみな、過去のダム建設で反対運動に協力的でなかった村人たち。それぞれの死の原因は、殺人であったり自殺であったり病死であったりさまざまだが、とにかく特定はされており、警察では互いに関係がない事件と扱われている。だが、実は村には伝説があり、それによるとオヤシロさまを怒らせると祟りがあり、それを鎮めるには人間を生贄にささげる必要があるのだという。この生贄になることを雛見沢では鬼隠しという。村人たちは村人の死はダム建設に反対しなかったことによるオヤシロさまの祟りによるもの、また失踪者は鬼隠しに遭ったものと信じていて、今年も同じ事件が起こるのか、皆が恐れているのだという。
     翌日、圭一が例によって放課後クラスメートたちとゲームに興じていると、地元警察の刑事大石がやってくる。圭一は一人大石の車に乗せられその中で話を聞くことになる。大石曰く、富竹が昨日の晩、圭一らと別れた後、自ら喉を搔き毟って自殺していたのが見つかったという。また、一緒にいたはずの鷹野は行方不明。結局5年目も祟りと鬼隠しが実現したようにも見える。しかし大石は、祟りなどというものは信じない、村人の中にこの連続殺人・失踪事件の犯人がいるのではないか、特に圭一の仲良くしている魅音をはじめとするクラスメートたちが事件になんらかの関わりがあるのではないかと以前より疑っているといい、今年転入してきたばかりの圭一に、何か気づいたことがあったら情報提供して欲しいという。
     果たして5年続いた殺人・失踪事件は祟りなのか? それとも人間の仕業か? もし人間の仕業なら犯人は誰なのか? 喉を搔き毟って自殺するとは一体いかなる原因によるものか?
  • 2002年から2006年にかけて順次コミックマーケットで発表・販売されたPCゲーム。第一話にあたる「鬼隠し編」、第二話「綿流し編」、第三話「祟殺し編」、第四話「暇潰し編」、第五話「目明し編」、第六話「罪滅し編」、第七話「皆殺し編」、第八話「祭囃し編」及びエピローグ「賽殺し編」で構成されるサウンドノベル。プレイヤーが行動を選択するというアドベンチャーゲーム的要素はほぼ皆無、プレイといってもただ読むだけの純然たるサウンドノベルである。ただ、背景と立ち絵程度の絵は付いている。
     短めのエピローグを除く各話はそれぞれ7~10時間程度のプレイ時間を要し、テレビドラマシリーズならワンクール程度の内容に相当するボリューム。それらがオムニバスというのでなくちゃんと話が続いた形で8話分以上あるのだから、大長編である。
     話のジャンルとしては悲劇に属する。ミステリー(≒嘘つき探し)要素も濃厚で、実際ミステリーもののような売り出し方もされていたようだが、本当にそう呼んでいいかについては、ファンの間に異論もあるようである。
  • 同人ゲームながらアニメ化映画化などもされた有名作。しかも、オタクカルチャーでループものを流行らせた震源地となった作品とのことで、プレイしてみた次第。各話がそれぞれ1つの歴史(ループ)に相当している。冒頭に記したあらすじは大体各ループで共通する序盤部分である。
     この作品にはギャルゲーからの明らかな影響があり、各話にメインキャラクターが設定されている。メインプロットは、その身に共通して起こるあることが描写の中心となる。
  • このゲームに限って言えば、確かに「ループ=セーブポイントからの再スタート」という考え方によくなじむと思う。というのは、原則として以前のループの記憶が主人公に引き継がれないからである。ただそうすると、いくらループしても以前と同じことが繰り返されてしまいそうなところだが、この作品では外的環境が確率的に変化するというからくりでそれを回避している。あまりアドベンチャーゲームらしくない発想ではある。ただ結局、以前のループで悪かったところを修正しようとすれば以前の記憶がどうしても必要になるわけで、終盤においては結局各メンバーにわずかながら記憶が戻る、また(以下ネタバレ部分は反転させて読んでください)ある人物だけは記憶をほぼすべて引き継げる能力を持っているという折衷的な設定になっている。
  • 本作の元ネタと思しきものはいくつかあるが、中でも元祖ミステリサウンドノベル『かまいたちの夜』(1994)の影響が少なくないように感じられた。特に、同ゲームをプレイした者を例外なく茫然とさせたことで有名な「スキーストック死」ルートの影響が大きいように思われた。この作品についてはネタバレ宣言していないので詳しくは書かないが、要はこのルートだと主人公が誤解されて仲間に殺されるのである。この相互不信による仲間同士の殺し合いというアイデアが、本作品のストーリーの基本アイデアになっている。もっともこれは、古典的悲劇のパターン通りでもある。
  • とにかくシナリオのコンストラクションが神がかり的に素晴らしい。脚本家は、古典的・アリストテレス的な意味での悲劇の詩学(作劇法)をまれに見る正確さで理解して使いこなしているように感じられた。そしてまた世界観もしっかりある。そこだけとればほとんど理想的な出来で、こういうドラマを書ける人が日本にいたとは驚きである。もっともこういう神がかり的作品というのは、いくら才能があっても、しばしば一生に一本しか書けないものではあるが…

95点/100点満点

『桐島、部活やめるってよ』(2012)【ネタバレ】

 WOWOWにて昨年放映されて録画してあったものをやっと鑑賞。

  • とある高校のバレー部のエース桐島が大会を目前にしたある日突然部活をやめ、学校にも来なくなった。一方、映画部の部長である前田はゾンビ映画の制作を開始する。そんな1週間ほどの間の、学校を舞台とした等身大の友情と恋愛とを、数人の生徒の視点から描いた青春ものドラマ。
  • オムニバス形式だった原作小説を一本に結合したようなシナリオで、全体的にははっきりとしたストーリーが存在しない。シナリオ形式としてはグランドホテル形式に近いが、視点が切り替わったときに時間も戻ることがあり、その意味ではループものに近いとも言える。また桐島なる人物は最後まで明確な形ではシーンに登場せず、不条理演劇の代表作『ゴドーを待ちながら』を思い起こさせる。
  • 桐島はなぜ部活を辞めたのかという疑問が、この話のテーマとなる。そしてその答えは最後まで明確な形では示されない。しかしヒントはちりばめられていて、おそらく「いくら部活を頑張っても、結局何者にもなれないと考えたから」というのが答えだというのが一応無難な解釈かと思う。桐島がいたように見えた学校の屋上に前田がいたことは、その屋上シーンにおいて前田が桐島を代理する象徴であることを意味する。その前田がそのような考えを述べていることは、この解釈の最大の決め手となる証拠である。少なくとも、この話の語り手である菊池はそのように解釈したはずで、さもないと最後の屋上シーンからラストにかけての彼の行動は説明がつかない。また、屋上に駆けつけたバレー部員たちの前田に対する態度も、桐島の辞めた別の理由の一つを説明しているかも知れない。
    もっとも、映画を見ている間は、むしろ桐島はいつ現れるのかの方に気を取られる。そのせいで、この話の重点が「なぜ」の問いの方にあるということを理解しにくく、話の展開の先を読みにくくなっており、それがプラスにもマイナスにも作用している。
  • 2012年度の日本の映画賞を総なめにした作品。まあ、リアリティ重視の演出もあって、確かに昨今の日本映画の中では観られる方だし、キャラクター描写など優れているところもあるので、それが不当とは言わないが……全体としては率直に言って退屈な作品で、見終わるのに1年もかかったのも一つにはそのためである。前述の疑問をもっとわかりやすく観客の関心を引き付ける謎として提示できないと、映画としての面白さが足りない。

50点/100点満点

『ゲッタウェイ』(1972)

 WOWOWにて久しぶりに再鑑賞、といっても以前観たのはTV放映された短縮版で、ノーカット版はこれが初めて。

  • 服役中の強盗犯である主人公が、仮出獄させてもらう代わりに、ある有力政治家のために銀行強盗をすることになる。主人公の妻の尽力もあり仮出獄が認められた主人公は、さっそく妻や仲間とともに銀行強盗をやり遂げる。事が済んだ後、仲間の一人が裏切り主人公は殺されそうになるが、反撃が成功し辛くもそれから逃れる。その後政治家に盗んできた金を渡そうとすると、今度はその政治家にも殺されそうになる。一緒にいた主人公の妻がその政治家を射殺。主人公とその妻は裏切った仲間と政治家の手下たちの双方に追われることになる。果たして二人は無事メキシコへ逃走することができるのか。
  • ストーリーといい音楽といい、アニメの『ルパン三世』を連想させる作品。ルパンのアニメ化は第一シリーズが1971年、第二シリーズが1977年。時期的には大体同じ頃である。
  • この話の葛藤構造はやや複雑である。基本的には奪った金を誰が取るべきかという問題で、(1)主人公 (2)主人公の妻 (3)銀行ないしその代理人的立場にある警察 (4)主人公を出獄させた政治家ないしその手下 (5)裏切りはしたが仕事をした仲間 などに少なくとも幾分かの権利がありそうであり、それらの権利に対応する主人公の金の引き渡し義務が葛藤になっていると見ることができる。そしてさらに、主人公を出獄させるために尽力した妻のために捕まることなく逃げ切る義務がこれらに対立する。この話の筋では、(3)についてはもともと頭取の不祥事隠しのために仕組まれた強盗だったから返されても困るという理由で、(4)と(5)については権利者が正当防衛により死亡したのでもはや引き渡す義務が消滅したという理由で、それぞれ解決され、(1)と(2)について、及び逃げ切り義務については、結末において二人でメキシコへ逃げ切ることで解決されている。
  • それにしてもあの裏切った仲間が延々付いてきて最後に主人公にあっさり倒される筋は必要だっただろうか。以前見たときもこれは要らないと思ったが今度もやっぱり要らないと思った。

『ももへの手紙』(2012)

 昨年WOWOWでの放映分を録ってあったのをチビチビ見ていたけど、もう限界と思って1時間少々まで進んだところで残念ながら削除。
 この作品は、おそらくは『時をかける少女』とか『河童のクゥと夏休み』のような、一般人が見られるアニメを狙って作られた、基本的にはローティーン層向けのオリジナルアニメ。そういう作品を作ろうという心意気は買うけれど、いかんせんProduction I.G.のクールな絵柄で描かれたヒロインにはどうも華がなかったし、なんといってもシナリオが退屈過ぎた。
 いちおうストーリーは『となりのトトロ』とか『北の国から』といったヒット作を手本にして書かれたと思われるのに(偶然かわからないが同年公開の『おおかみこどもの雨と雪』と基本が同じ)、ここまで見事に失敗しているとなると、その原因にはかえって興味深いところがあるが、ともかくシナリオについて一つだけ指摘するなら、導入部をもっと切り詰めればまだマシだったと思う。妖怪たちの目的が判明するまでに1時間も掛かるのはいくらなんでも長すぎた。そしてどうしてそうなってしまったかというと、おそらく、脚本家の地元の瀬戸内海の島々を観客に紹介したいという脚本家個人の欲求を、ドラマ上の必要よりも優先させてしまったからである。
 さらにいうなら、宮崎駿という偉大すぎる先例があるために業界的におかしな雰囲気になっているようであるが、本来アニメーターと脚本家の仕事には何の共通点もないのであって、どうしてそういう人が脚本を書くという話になるのか理解できない。
 まあそりゃ脚本家名乗ってる人種にも頼りない人は多いだろうけども…

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』

 3D吹き替え版にて鑑賞。

  • 中盤まではなかなか出来が良く、この調子だとトム・クルーズ近年の代表作となるのではないかと思われたが、残念ながら終盤がどうにも興醒めであった。中盤までの話の約束(世界観)は、失敗を経験することでしか前に進めないということであったはずだが、終盤に入ってそれが黙って無視されてしまった。観客としてはそういう状況においていかに行動すべきかについての作者の信念が開陳されることを期待していたのに、結局その答えは明らかにされないままで、これでは約束が違う。またやや細かく言えば、他人にタイムループのことをどんなに説明しても理解してもらえないというカセがあったはずなのに、終盤それも黙って無視されていた。
  • しかし世界観というもののドラマにおける位置づけを理解するにはいい教材かも知れぬ。

68点/100点満点

『All You Need Is Kill』(桜坂洋著・2004・小説)【ややネタバレ】

 数年前に買ったまま積読になっていたライトノベル。このたび映画化されると聞いてなんとか公開日までには読み切ろうと再チャレンジ、ぎりぎり間に合った次第(7月4日公開)。なお、映画化版の原題は『Edge of Tomorrow』。

  • 人類が正体不明の生物「ギタイ」の群れに襲われるようになった近未来の日本が舞台。主人公キリヤは、そのギタイに対抗するために人類が組織した「統合防疫軍」に入隊した初年兵である。キリヤはある日いよいよ初めての戦闘に参加するが、敵の圧倒的な力になすすべもなく瀕死の状態に陥る。そこで彼はまだ19歳の少女ながら防疫軍のエースであるリタと出会う。キリヤは最後の力を振り絞って1匹のギタイを倒すことに成功するも結局戦死する。ところがその直後、キリヤは出撃前日のベッドで目を覚ますのだった。キリヤは再び前回と同じような2日間を過ごし、同じように戦死するが、また同じようにベッドで目覚める。周囲の人間は何も知らないようだが、どうも死ぬと記憶だけを残して時間が戻るようだ。そう理解したキリヤは、各「ループ」で経験したことを次回に活かすことで、なんとか戦闘を生き延び、ループから逃れようと決心する。だが、ループに陥っている人間はキリヤのほかにもう一人いたのであった…
  • いわゆる「ループもの」(広い意味ではタイムトラベルもの)のライトノベル。今となっては、えっまたこれもそうなのという感じもするが、Wikipediaなどを見る限り、ループものがサブカル方面で流行りだしたのは2002年のギャルゲー『ひぐらしのなく頃に』あたりが嚆矢らしく、当作品の初出2004年頃はまだ新味があったかも知れない。
    まあもちろん、大本としてはインド哲学の輪廻転生思想というものがあってマンガでは手塚治虫の『火の鳥』が作られていたし、またそれから直接影響を受けたかは別として、SF小説としては『時をかける少女』(1966)、夢オチの濫用という意味では『パプリカ』(1993)、映画方面では『恋はデジャ・ブ』(1993)、『ラン・ローラ・ラン』(1998)などもあり、既に前例は大いにあったわけで、その意味では伝統的なSFの一形式とも言って云えなくもない。
    なお、サブカルの批評家はループものをゲームの「セーブ地点からの再スタート」を真似たものと分析するようであり、この作品の作者あとがきにもそれを示唆する表現があるのだが、このような前例を見る限り、そういう作品もあるかも知れないが、必然的な関係はないように思う。
  • いわゆるライトノベルの定義には定説がないようだが、私見では、ハイティーン男子向け純愛ロマンス小説というあたりが本質的定義だろうと思う。男子向けロマンスだから、男子から見たある種の理想の女子を描くのが最大の目的の一つとなる。そして敢えてもう少し条件を追加するなら、多くのライトノベルで描かれる女子の理想像は、時に男をリードしてくれる強い女子である(多分原型となっているのは『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-1996)のレイとアスカ)。これを男子の軟弱化であって嘆かわしいことと見るか、この問題の評価に深入りすることは避けるが、ライトノベルはオタク文化とジェンダーフリーの社会の申し子のような小説だとは言えるかもしれない。ともかく現実としてそういうフォーマットになっているのである。
    集英社のライトノベルレーベルから発売された本作も一応、そのフォーマットに則っており、初年兵で情けない戦いしかできない男子の主人公から見た、戦いで向かうところ敵なしの少女兵リタが描かれる話と云えなくもない。ただ後述のように、良くも悪くもそのフォーマットからズレている部分がある。
  • 話の出来についてだが、「ジャパンのレストランのグリーン・ティーは確かに無料だ」のシーンは確かに決まっていた。多分作者はこれがやりたくてこの話を書いたのではなかろうか。ただそうするとその他のシーンはこのシーンから逆算して書いたということなのだろうが、それゆえの難点が生じている。つまり、このシーンを軸にこの話を別の面から要約すると、孤独な戦いを続けてきたリタがキリヤという理解者を得る話ということになるが、これだとリタから見たキリヤを描いた話ということになるので、前述のライトノベルのフォーマットと正反対になってしまうのである。そこを無理にフォーマットに合わせてキリヤ視点で語ろうとしたものだから、前半のキリヤ視点の筋を読んでいるとなんとなく重たいのである。当ブログの筆者が読み終えるのにこんなに時間がかかったのも、それゆえに話に惹きつけられる力が弱かったからである。
    むしろこの話はリタとキリヤの立場を逆にした方がよかったのではないだろうか。
  • もう一つ指摘したいのは結末の付け方である。この話の「結果」は、キリヤがリタからエースの立場を受け継いだということであり、その結果はリタの決断から生まれたわけである。最近同じことばかり書いているが、物語の結末は、語られた出来事の結果とそれを齎した決断(行為)を評価する場だから、リタが命を投げ出してキリヤにエースの立場を譲ったことが良いことであることを示さないといけないと思うのだが、実際の結末はそうなっていないように思える。

75点/100点満点

『パピヨン』(1973)

 WOWOWにて鑑賞。「TSUTAYA発掘良品~100人の映画通が選んだ本当に面白い映画~」枠にて放送。

  • 無実の罪で終身刑となり、フランス領ギアナの収容所に流刑となった主人公パピヨンが、繰り返し脱獄を試みる話。実話ベースの話とのこと。
  • 「TSUTAYA発掘良品」は、B級映画として埋もれてしまったながら見どころのある過去の作品を選定してお勧め旧作レンタル作品として特設売場(というかレンタル場?)にてプッシュするツタヤの企画で、この放送枠はそれらの作品をWOWOWで放映するというTSUTAYAとのコラボレーション企画。
  • スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマン主演で演技・演出は申し分なく、またギアナの映像にも絵になるものが多い。それらの点だけ見ればちょっとした大作映画である。にも関わらずなぜB級扱いになってしまったかというと、これはシナリオが問題なのである。
  • まず、細かいことではあるが重要な点として、このシナリオだと、この話の理解に必要な予備知識をきちんと説明し切れていないという問題がある。例えば、当時、収容所での刑期を終えた収容者には不動産が支給されるが島から出ることは禁止という法律があったらしく、物語の終盤では、主人公ら2人が空き家の支給を受けてそこに住んでいる下りがあるが、そのような制度が存在するという説明がない。どうしていきなり空き家に住み始めたのか、観客には訳が分からぬままに話が進んでいく。そもそも終身刑だったはずなのにどうして刑期が終わっていることになるのかも未だ理解できない。
  • しかしこのシナリオのおそらく最大の問題点は、主人公のした脱獄という決断に観客が今一つ乗れないということであろう。ドラマにおいては、主人公は、観客が理想的と考える結果(観客の望み)を実現するために行動するのでなければならない(『はてしない物語』を見よ)。さもないとたちまち観客は退屈を始める。この話の場合、無実の罪で投獄されたならすべきことは再審で無罪を勝ち取ることであって脱獄することではないように思われる。脱獄しても名誉が回復するわけでないし、一生追われる身ではないか。そして実際の展開もその危惧の通りになるのである。そのような観客の望みと、主人公のしようとする脱獄という行為にズレがある。それでも実話ベースで行くと決めてしまったなら、史実に拘束されるからこうするほかないわけではある。実話の落とし穴である。
    しかもこのシナリオだと、本当に主人公が無実だったのかどうかも、主人公自身がそう言っているという以上の描写がなく、曖昧である。
  • また、それらのことと関係しているが、この話は結末の出来が悪い。結局主人公は島からの脱出に成功したということらしいが、あのラストではそんな風に見えない。そしてまたその結果が「めでたしめでたし」なのか、「残念なことだ」なのか、語り手の評価がよく見えない。そういう評価を語り手と観客と分かち合うのがドラマの結末のあるべき姿だが、この話はそうなってない。
  • ところでこの作品だが、『ショーシャンクの空に』の元ネタの一つであることが明らかである。『カッコーの巣の上で』が元ネタの一つであることは知っていたが、むしろこっちの方が影響が大きいようである。

55点/100点満点

映画短評一覧と得点

 どうも最近どうかすると60点台ばかりつけているような気がする。
 というわけで、点数の基準の再確認のために過去の作品の点数を一覧にした。

  1. 95 東京物語
  2. 93 時をかける少女(2006)
  3. 92 七人の侍
  4. 92 バック・トゥ・ザ・フューチャー
  5. 92 生きる
  6. 91 用心棒
  7. 91 パルプ・フィクション
  8. 90 デルス・ウザーラ
  9. 89 羅生門
  10. 88 シュタインズ・ゲート
  11. 85 十二人の怒れる男
  12. 85 裏窓
  13. 85 椿三十郎
  14. 85(90) ダイヤルMを廻せ!
  15. 84 秒速5センチメートル
  16. 81(90) ミスト
  17. 80 ゼロ・グラビティ
  18. 80 エイリアン
  19. 80 千と千尋の神隠し
  20. 80 隠し砦の三悪人
  21. 79 十二人の優しい日本人
  22. 79 カッコーの巣の上で
  23. 78 北北西に進路を取れ
  24. 78 バック・トゥ・ザ・フューチャー PART 2
  25. 78 エイリアン 2
  26. 78 ショーシャンクの空に
  27. 78 サタデー・ナイト・フィーバー
  28. 78 サイコ(1960)
  29. 78(70) エターナル・サンシャイン
  30. 77 櫻の園(1990)
  31. 75 幸福の黄色いハンカチ
  32. 75 ターミネーター 2
  33. 75(80) お葬式
  34. 74 新幹線大爆破
  35. 73 ポセイドン・アドベンチャー
  36. 73 タワーリング・インフェルノ
  37. 73 アメリカの夜
  38. 73 ターミネーター
  39. 72 天空の城ラピュタ
  40. 72 博士の異常な愛情
  41. 72 スター・ウォーズ
  42. 71 楢山節考(1958)
  43. 70 告白
  44. 70 家族
  45. 70 ガタカ
  46. 70 ブレア・ウィッチ・プロジェクト
  47. 70 評決
  48. 70 遥かなる山の呼び声
  49. 70 タクシー・ドライバー
  50. 70(75) [リミット]
  51. 70(80) ボルト
  52. 70(80) 病院で死ぬということ
  53. 70(-) ゾンビ
  54. 70(-) ブレードランナー ファイナルカット
  55. 69(-) 史上最大の作戦
  56. 69 時計じかけのオレンジ
  57. 69 クローバーフィールド/HAKAISHA
  58. 69 笑の大学
  59. 69 鉄コン筋クリート
  60. 68 駅 STATION
  61. 68 息子
  62. 68 ゲッタウェイ
  63. 68 ウエストサイド物語
  64. 68 天然コケッコー
  65. 67 ブギーナイツ
  66. 67 たそがれ清兵衛
  67. 66 ダークナイト
  68. 66 パプリカ
  69. 65 インセプション
  70. 65 ハート・ロッカー
  71. 65 ゴールデンスランバー
  72. 65 おおかみこどもの雨と雪
  73. 65 ファーゴ
  74. 65 ジャンゴ 繋がれざる者
  75. 65 太陽の帝国
  76. 65 アメリカン・ジゴロ
  77. 65 愛、アムール
  78. 65 失われた週末
  79. 65(70) 白夜行
  80. 65(68) 言の葉の庭
  81. 64 知り過ぎていた男
  82. 61 めまい
  83. 60(68) オーシャンズ13
  84. 60(68) キャプテン・フィリップス
  85. 60(68) 人生の特等席
  86. 60(70) 特攻野郎Aチーム THE MOVIE
  87. 60 ベッジ・パードン
  88. 60 孤高のメス
  89. 60 少年と自転車
  90. 60 ワイルドバンチ
  91. 60 黄金を抱いて翔べ
  92. 60 最強の二人
  93. 60 オーメン
  94. 60 フライト
  95. 60 疑惑の影
  96. 59 8 1/2
  97. 59 引き裂かれたカーテン
  98. 58 ザ・シークレット・サービス
  99. 55 キック・アス
  100. 55 アルゴ
  101. 55 タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密
  102. 55 ヒッチコック
  103. 55 マグノリア
  104. 55 鳥
  105. 55(50) シャイニング
  106. 50 アイズ・ワイド・シャット
  107. 50 マイマイ新子と千年の魔法
  108. 50 サウンド・オブ・サイレンス
  109. 50 ディア・ドクター
  110. 50 ダークナイト ライジング
  111. 50 ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル
  112. 50 トゥルー・グリット
  113. 50 アーティスト
  114. 50 最終目的地
  115. 50 サンセット大通り
  116. 50 気狂いピエロ
  117. 50 ロープ
  118. 50 マーニー
  119. 50(45) レナードの朝
  120. 45 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ
  121. 45 パブリック・エネミーズ
  122. 45 トゥモロー・ワールド
  123. 45(30) シリアナ
  124. 45(55) 映画「けいおん!」
  125. 45 カーズ2
  126. 45 風立ちぬ
  127. 40 ラン・ローラ・ラン
  128. 40 ミニミニ大作戦
  129. 40 メランコリア
  130. 40 松ヶ根乱射事件
  131. 40(50) 127時間
  132. 30 サマーウォーズ
  133. 30 ブラック・スワン
  134. 30 SUPER8/スーパーエイト
  135. 25 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q
  136. 20 シン・レッド・ライン
  137. 20 お引越し
  138. 20 キャリー
  139. 20(-) ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島
  140. 10 天地明察

 ついでに短評を書いてないものでも、mixiの方に書いていたものなどで(退会したのでもう見られないが5段階評価だった)、基準となりそうな作品をいくつか追加した。
 どうもこれは順位で見るとおかしいなというものは点数を見直した。カッコ内は見直し前の評価。

 主観的には、60点あれば一応商業映画として合格点というつもりで付けている。が、こうしてみると実際の合格点は50点くらいになっている気がする。

 映画ファンのタイプの試金石となる作品というものがいくつかある。ここで挙げた作品だと、ヒッチコックの『鳥』『めまい』ゴダール『気狂いピエロ』あたりに対する評価は人によってはっきり分かれる。これらの作品は、雰囲気に大変独特なものがあるのだが、話の中身に難があるのである。

『愛、アムール』(2012)【ネタバレ】

 WOWOWにて鑑賞。

  • 右半身不随となった老妻を夫が献身的に介護するが、それもむなしく病状は進み、ついに妻を安楽死させる話。話の種類としては、30年くらい前に日本のTVドラマで流行った難病もののようでもあり、『カッコーの巣の上で』のようでもあり、フランス版『東京物語』のようでもある。
  • パルム・ドール受賞作。その通り、良くも悪くもカンヌ映画らしい内容である。
  • 演技・演出に文句はない。老夫婦の2人の演技はさすがに年季が入っていて安心して見られる。そしてあの鳩の演技! 音楽の使い方が控えめなのも好印象である。演出的に見て、概して上品で手堅い仕上がりで、その点では確かにパルム・ドールも伊達ではない。また同じ介護ものフランス映画でも『最強の二人』あたりよりこちらの方がよくできている。
  • しかしシナリオには問題がある。最大の問題は、話の終盤、観客にとってまったく不意打ちな形で夫が妻を殺す行為の動機が、暗喩を用いた遠回しな形でしか表現されないことである。あれだと、この手の映画を見慣れない観客には動機がまったくわからないか、下手をすると介護疲れで衝動的に殺してしまったと解釈されかねない。ある種の映画マニアや批評家はこういう「わかる人にしかわからない」映画をありがたがる傾向にあり、そしてカンヌ映画祭というところはそういう人たちの根城なのだが、その種の制作態度は映画産業を蛸壺化させる。権力側からの検閲が厳しく馬鹿な役人たちの目をくらます必要があるというなら別だが、そうでないなら、もっとわかりやすく作ることができたろうし、そうすべきであった。
  • また、縷々ここで述べて来ているように、およそドラマの目的というものは、主人公の為したある特定の行為(とその結果)に対する語り手の評価を示すことである。この話の語り手は、ラストシーンに出てきているところを見ると、夫婦の娘であろう。そしてもちろんこの話における「主人公の為したある特定の行為」とは夫が妻を殺したことである。観客のドラマに対する興味はこの行為の評価に葛藤するところから生まれるが、この作品ではこれらの要素が明かされるポイントがあまりに話の後ろにあるため、大きく見た場合に中盤まで観客の興味を惹く要素に乏しく、個々のシークエンスには興味深い要素もあるものの、その単位で興味がブツ切りになっている。そのため、やや長尺の作品であることもあって、中盤まではダレ気味の感を否めない。せっかく冒頭、妻が死んでいるのが発見されるシーンから始まっているのだから、夫に殺されたらしいこともそこで一緒に明かしてしまえばよかったのではないか。
  • 結末もまた少々曖昧すぎる。娘が父のよく座っていた椅子に座って佇むというラストシーンから娘の父に対するなんらかの評価が読み取れるかというと、父の椅子に座っているから父の行為を認めているのだと解釈できなくもないが、決め手に欠ける。ここももう少しわかりやすくできなかったか。
  • ただ中盤まで、妻の介護に対する夫の献身的な態度は、立派に描けていた。ここはシナリオ上優れているポイントである。ただ、性格や人間関係の描写は、ドラマにとって手段であって目的ではないのである。よく文芸やシナリオの世界で「ドラマ(小説)は人間を描く」と言われるが、この限りでそれは間違いである。

65点/100点満点

『失われた週末』(1945)

 WOWOWにて久しぶりに再鑑賞。

  • 主人公はアル中の売れない作家である。彼の理解者である兄は、ある週末、禁酒中の彼を療養を兼ねて田舎に連れていくことにする。だが出発の直前、主人公が禁酒中も隠れて酒を飲んでいたばかりか、出発の時刻になっても酒場に入り浸っていることを知り、主人公を見捨てて一人田舎に旅立ってしまう。残された主人公は、なけなしの金をはたいて酒を飲む。主人公の恋人が彼を助けようとするが、主人公の方は合わせる顔がなく彼女から逃げ回る。やがて金がなくなると他人の財布を盗み、酒場の女から金を借り、酒場の主人に酒をせびり、商売道具のタイプライターを質に入れてまで酒を飲もうとする。そうこうするうち彼は倒れ、病院に運び込まれてアルコール依存症病棟に入院することになる。しかし一晩もしないうちにそこを抜け出して自宅に戻り、酒屋から酒を強奪してきてそれを飲む。だが夜になり、アルコール依存症を原因とする幻覚を見るようになる。いよいよ絶望した彼は、拳銃で自殺を図ろうとするが、やってきた恋人に励まされ、この週末の出来事を小説にすることを決心するのだった。
  • 先日の『フライト』でも触れた元祖アル中映画。WOWOWでの放映日が近かったが、そのあたりを意識した編成だったのかも知れない。
  • アカデミー賞のほかカンヌのグランプリも取っている。最近のカンヌは映画の楽しさより高尚さを鼻に掛けたどこかいけ好かない映画のための賞という印象が強いが、この頃はまだマトモだったようだ。
  • 内容面だが、とにかくアル中の救いのなさは非常によく描けている作品なのだが、その鬱々とした印象が強すぎる感はある。結末は一応前向きといえば前向きなのだが、実際問題これでアル中から抜け出せるほど甘いわけはなく、強引な結末である。野田高梧の『シナリオ構造論』からの孫引きとなるが、志賀直哉は次のように書いている(原文を現代仮名遣いに直した)。

    『心の旅路』の終りでもこれに近い感じを受けたが、これではそれ以上に呆気なかった。あの結末では此の映画の問題は片付かない。あれで、あの男が救われたと思えというのは無理だ。大体作品では途中の破綻はまだいいとして、結末だけはもっとしっかりと作らねば後に厭な味が残る。(中略)私は人に押されながら、若し自分があの映画の結末を作るならどうしたらいいだろうと云う事を考えた。主人公が小説家志望で、酒場で自分の小説の筋を話すところがあり、その小説が画面に現れるが、あれを仕舞いまで延長し、絶えず本筋に絡まして行き、あの映画のハッピー・エンドはそのままで小説の方の大団円として、そのあとに更に本筋の結末をつけて、あの主人公が自殺して了う事にしては如何かと思った。そうすれば筋も複雑になり、アルコール中毒というテーマ以外に通俗芸術への抗議というようなテーマも含まれるわけで、一寸皮肉な面白いものになるだろうと思った。
     「自分は小説では心ならずもああいう結末にした。これは本屋の考えである。自殺さす事は風教上よくないし、兎に角、ハッピー・エンドにしなければ出版は断ると本屋は云う。自分自身も事実でそうなれるなら、それに越した事はないと思うのだが、アルコール中毒というものは却々そんな生やさしいものでないという事を自分は知っているのだ。自分はそれを云って本屋と争ったが本屋は頑固にそれを拒んだ。彼は私の実生活をそれで改めさせたいと思っていたのかも知れないが、このようなハッピー・エンドを主張し譲らなかった。自分は酒を飲むためには盗みをさえした者だ。もう小説などはどうでもいい。兎に角、金を作って酒を飲まずにはいられないという気持になった。それで小説ではご覧の通りの不徹底な結末にして了ったのだが、作家として、この事は後まで自分を苦しめた。自分は酒を飲んだ。盛んに飲んだ。然し本屋からの金もそう何時までも続きそうもない。そして最後に残されたものは死以外には何もないということを自分は知っている。自分は今、あの小説の結末を事実を以て訂正する事にした」
     こんな遺書を残して自殺する事にすれば、兎に角作品としては形がつく。然し、小説ならば遺書で簡単に済むが、映画の場合はどうしたらいいものか、そんな事を考えていた

  • ただ一言この作品の結末について弁護すると、結末はその語りの目的を説明するものでなければならないという原則には忠実である。
  • 今回見直してみて、主人公の恋人のキャラクターが立派に描けているのを再発見した。むしろ彼女が主人公でもいいくらいではなかったか。

65点/100点満点